わかっているけど出来ない
心を整える

***わかっているけど出来ない ***

自らの苦悩から脱する事が出来なくて、辛くて仕方の無い時に
『物事をポジティブに捉えればいい』『赦してあげればいい』『現実を受け入れればいい』
『自分を見つめればいい』『自分を変えればいい』・・と、アドバイスを貰っても
実際にどう行動に移せばいいのか?全く解らない。
具体的な手法を教わっても、それを実行する事が、どうしても出来ない。
解ってるのに出来ない事に対して、自分自身を責め続け、心を壊してしまう人もいるのではないでしょうか。

これは、血肉に刻まれた経験値が、意識とは別の所で働いてしまうからだと私はそう思っています。
頭脳で考える意識より、肉体に刻まれた意識の方が強いから行動に移せないのです。

人間社会のルールでは、出来ない事が出来るようになるのが『良い事』となりますが
大自然の法則からすれば、出来ない人に対して、変わりにしてあげるのが『良い事』となります。
してあげる事で依存されてしまうと思いがちですが、してあげる事に喜びを感じる事ができれば
その相手もできない事を戒めるようになり、次第に自分でできるようになるものです。

人は支え合って生きるもので、支えあう事で自らが成長できるような仕組みが存在しています。
出来ない事に対して『何度言ったらわかるんだ!』『どうして出来ないんだ!』と怒りをぶつければ
その怒りはどうしても自分に降りかかり自らの禍となる。また、それが原因で相手の成長を止めてしまうこともある。
逆に『出来ないなら変わりにやってあげよう』と、心深くそう思い行動できれば
相手は、その慈愛のエネルギーを受け取り、自らも出来るように努力し、結果その自身の壁を乗り越えられたりする。

どんな人も、自らの経験値に基づいて物事を判断し、また血肉には自分が生まれる前からの経験値が刻まれている為
簡単に自らの言動を変える事は出来ないものです。

しかし、どんな血肉に刻まれた経験値も、『徳を積む』という行為で改善する事ができると私はそう感じています。
誰しも心の奥深くには慈愛の心が存在し、その心の方向に向かった言動という経験は
とても大きなエネルギーとなりで自らの血肉に刻まれて行きます。
そして、そのエネルギーが目前の現実を大きく発展させて行くのだと私はそう思っております。

私たちは、『支えあう』という行為で、とても多くを学ぶ事ができ、そして大きく発展できるのでしょうね。