先祖からの因縁とは
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***先祖からの因縁とは ***

『禍が起きるのは、先祖の因縁のせいだ!』と、そんな事を言われた事がある方もいると思います。
先祖から受け継いだ因縁というモノは確かにあるとそう思っています。
かといって、安易に因縁消滅の祈願や供養するより、その因縁が存在する意味を深く理解する努力の方が大切だと
私はそう思っています。

私たちの普段の生活態度や言動、体験、経験値は、自らの血肉に刻まれて行き、子孫に受け渡して行きます。
私たちも、先祖からの経験値を受け継ぎ、自らの人格や体格を先祖から受け継いでいるのです。
その受け継いだモノの中で、自分に都合の悪いモノを『因縁』としているように思います。

先祖が人を苦しめるような経験を多くしていれば、その業を子孫は受け継ぐ事になるのですが
悪行をした先祖や、行為そのもの、また、その被害を受けた方々の思いの消滅祈願や供養も
やはり、どんな思いでするのか?が、大切な事だと思います。

自らの苦境からの解放の為にするだけであれば、自分自身が快楽を求めてしているだけで
自らの成長にはつながらず、その動機に基づいた現実を突きつけられるでしょう。

私は、この先祖から受け継ぐ因縁のおかげで、とても多くを学ばせて頂きました。

私も深い因縁を背負っており、こんな体質のせいで、因縁消滅の祈願や供養をさんざんしてきました。
自らの苦悩は、先祖のせいなのだ!と、そう思っていたのです。
滑稽な事なのですが、先祖が悪い!と思っていながら、先祖供養を必死にするのです。
先祖が悪いと思っているのに、先祖の冥福など祈れるわけがないのですが
自分ではちゃんと祈っていると思い込んでいました。
自分の事ばかりなので、そんな矛盾にも気づけず、盲目状態になっていたのです。

本心では『先祖のせいで俺は苦しんだ!なんとかしてくれ!』と思いながら
『ご先祖様もあの世で苦しいだろう~ご先祖様が苦しめた方々にも変わりに私が謝罪します!』と
上辺だけの気持ちで供養しているのに、当時は全く気づけなかったのです。
見え透いた上辺だけのペラペラの気持ちを向けられれば、普通の人ならかえって気分を害しますよね。
本当に自分の事しか考えずに過ごしていると、何も見えなくなるものです。

私の場合、因縁消滅の為の祈願や供養を激しくやった結果、次から次へと出てくる恨み辛みの想念に悩みました。
こんな事をいつまで続ければいいのだろう?過去に囚われ、現世でしっかり過ごす事さえままならなくなってしまったのです。

そこで、視点を変えて先祖からの因縁というものについて考えるようになりました。

不徳を積んだ先祖がいると言うことは、不徳を積む人格を私自身も受け継いでいる事になります。
まずは、徳を積める人になる為に、自らを省みる事から始めたのですが
受け継いだ人格を改善するのは簡単ではありませんでした。
努力しなければ徳を積める様な人格にはなれないと言う事です。

自分自身を省みることにより、全く徳の積めない自分の人格に痛感しました。
心深く先祖の冥福を祈れない自分
先祖があって自分がある事に感謝できない自分
先祖が苦しめた相手に心から謝罪できない自分
何事にも感謝できない自分
心から他人の幸せを願えない自分
他人に尽くす心を持ち合わせていない自分
社会や世の中の為に尽くす心を持ち合わせていない自分
と、こんな自分なので、先祖の因縁どころか、自分自身も無意識に不徳を積み続けている事に気づいたのです。
その時私は、自らの苦悩は先祖の因縁のせいではないのだと思ったのです。

この世の中は、求めてばかりいると何も見えなくなり、ちっぽけな世界で生きる事になると改めてそう思いました。
しかし、それに気づく事ができたのは、先祖の不徳があったおかげなのも事実です。

結局は、どんな現実であれ自分自身がどう受け止めるかで、その先の未来は大きく変わってくるのでしょうね。