信仰をやめる事で厄が起きる?
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***信仰をやめる事で厄が起きる? ***

私は、目前に起きる、どんな出来事も、自らの成長のためにあると、そう思っております。
従って、どんな出来事が起きようと、その現実を受け止め、自身を見つめ改善して行く事ができれば
必ず感謝できる出来事となるはずです。
そして、自らの言動の動機にによって、それぞれの未来が創られてゆく。
すなわち、信仰をやめる、やめない以前に、自らの信仰の動機によって、その先の出来事は大きく変わるのです。

私個人としては、自らの快楽を求める信仰ならば、やめてしまっても構わないとそう思っています。
実際に、『多額なお布施を支払わないと禍が起きると言われて不安です。』
『信仰をやめると子供が不幸になると言われました』と、いったような相談をよく受けるのですが
そんな場合は、すぐにでもやめるようにお話します。
強迫観念に囚われた信仰を続けても、自らが成長できるようには思えないからです。
現に、先祖供養や信仰をやめさせてから、物事がスムーズに進んだ方々がたくさんいらっしゃいます。

逆に信仰をやめてから厄が起きる事もあると思います。
先祖代々、大自然の恵みに感謝を捧げる為に奉られた神々への信仰を、その神事が面倒だという理由
また、ご利益がないからという理由などで、その子孫が奉る事を止めてしまえば、厄が起きる事もあるはずです。
原因は信仰そのものにあるわけではなく『大自然の恵みに感謝する心の欠如』にあるように感じます。

何事にも感謝する人と、感謝できない人では、その先の未来は雲泥の差になるのも当然の事なのかもしれません。
私自身も長い間、霊的苦痛から開放されたくて修行を積んできましたが
その動機が自身の苦悩からの解放だけで、己を省みる事をしなかった間は、何も変わらないどころか
どんどん悪化していった事を記憶しています。
信仰や修行のおかげで一時的には楽になり、しばらくすれば更に酷い霊的苦痛が襲ってくる・・
そして、また修行で開放され、しばらくすると更に大きな苦痛に襲われる・・そんな事を繰り返してきました。

私が、霊的苦痛から開放されたのは、愚かな己に気づいた事がきっかけでした。
自らの苦悩を、信仰心がないから、先祖からの因縁が深いからと、あたかも自分の苦悩を
だれか、なにかのせいにし続け、自らを省みず、ただ信仰に求め続けていたのです。
神事をしていれば、いつか必ず救われると、そう信じていました。
今思えば、悪霊だの、低級霊だの、因縁だの・・先祖供養をすれば救われるだの
聞こえる言霊を信じたり、見える霊に惑わされたり・・
呪術を身につけ、霊を口寄せしたり、サニワをしたりと、とても滑稽で幼稚な事をし続けてきました。

私の場合、信仰や修行の動機が、苦悩からの開放ではなく、感謝できる人、他に尽くす事ができる人になる為へと
変わってからは、心身ともに健康になり、穏やかな気持ちで過ごせるようになりました。
とくに心身が軽くなり続けてゆく事にとても驚きました。

私自身もそうだったので、神々へすがる気持ちもよく理解できます。
しかし、自分自身が、何の為に信仰しているか?そこが一番大切な事だと私はそう思います。