先祖からの因縁に囚われて『今』を無駄にするな!
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***先祖からの因縁に囚われて『今』を無駄にするな!***

霊を見たり、どこかから言葉が聞こえたり、はたまた霊に取り憑かれて
苦しい思いをした経験があれば、霊的な現象を無視できないものです。

現代科学では証明できない、摩訶不思議でショッキングな現実を突きつけられれば
五感で感じることの出来ない世界に興味を持ってしまうのも仕方のない事かもしれまん。

しかし、我々の社会のルールは、五感で感じることの出来る世界のみで創られており
皆が共有できる世界の中で過ごしているのが現実で、そこから逃れる事は出来ないものです。


霊能者に自らの鑑定を依頼し、何も話していないのに先祖の名前を言い当てられ
また、自宅に祠があり、粗末にされていると指摘され、実際に祠を探したら指摘された場所にあり
綺麗に掃除して、祀り直したら、宝くじが当たった・・などと、そんな出来事でもあれば
霊的世界にどっぷりのめり込んでしまうのが人という生き物です。

私自身、幾度となくそんな体験を繰り返して来ましたが、数年たって気づいた事は
何の努力もせずに、手にした財は、年月と共に倍以上となって失う事になり
霊的世界にのめり込む以前より、辛く苦しい現実を突きつけられる結果になると言う事です。
努力せず、祈願と供養で得た財により私が学んだのは、『今』を一生懸命生きる大切さです。

『今』を一生懸命生きる事が出来ない人は
スピリチュアルな世界にどっぷりと浸かり、現実逃避を繰り返す事があります。
辛く苦しい現実から目を背ける人は
スピリチュアルな世界や先祖からの因縁のせいにして、救われた気持ちになり
『今』を必死に生きる努力を怠る事があります。
今自分が辛く苦しいのは、先祖からの因縁のせいだと思い込み先祖供養を一生懸命する事になる。
そもそも、先祖を敬う気持ちが初めから無いので、先祖供養にもなっていないのですが
供養しているつもりの行為を、無駄に続ける事になるのです。
冷静になって考えれば、そんな生き様で自らの未来が明るいものにならないい事くらい解るのですが
『現実逃避』という行為が、その真実さえも見えなくしてしまうのです。

自分自身で創り上げた『逃避世界』に籠ってしまえば
友人、知人、家族から、そんな怪しい事は止めろと注意されても
その言葉が届く事などないでしょう。

その言葉が届く時は、逃避し続けられなくなった時のはずです。

先祖からの因縁を背負うと言う事は、人に恨まれたり憎まれたりする性格を
受け継いでいると言う事に他ならないと私はそう思っています。
自分自身の性格が、嫌な出来事ばかり続けて起こしているのですが
人間都合の善悪の判断が、それを見えなくしてしまう。
善悪など存在しない世界で過ごしているのに
正しい事をしていればいいと、そう思っていしまうのです。
辛く苦しい出来事は、自らが生み出した過ちを改善する為の
メッセージなのですが 自分の過ちに思い当たる所がなければ、そうは思えないでしょう。
誰か何かのせいしたくなるものです。

徳を積み続ければ、苦しく辛い現実から解放されるのですが
しかしながら、現実逃避を繰り返し、その世界から出られていない事に気づけなければ
多くに感謝し、多くの人に尽くしてきたという幻想に惑わされてしまうでしょう。
所詮は、現実逃避の一環なのですが、自らが生み出した小さく狭い世界から出なければ
それすら気づけない・・快楽と幸せの区別が出来なければ、そうなってしまう事もあります。

今、苦しく辛い出来事から逃れられないのであれば
スピリチュアルな世界に助けを求めるのは止めた方がいいと思うのが私の考え方です。
なぜならば、苦しく辛い出来事から逃れる事など初めから出来ないからです。
辛く苦しいと感じる出来事は、自らが生み出している事象にすぎない為
残念ながら、どうしても逃げる事は出来ないのが大自然の法則です。
乗り越えるしかないのです。

何事にも感謝する事がなく、ただひたすら快楽を求め生き続ければ
どんな人も辛く苦しい現実を突きつけられるのが大自然の法則です。
今まで生きてきた中で、蛇口をひねると水が出る事に何度感謝してきたか?
歩いて一時間かかる距離を、車で15分で行ける事に、生きながらにして何度感謝してきたか?
たったこれだけの事が出来ないが為に、人は簡単に苦悩の世界に飲み込まれてゆきます。

どんな人も、心から感謝できれば、多くに尽くしたいという感情が生まれます。
尽くしたいと思えないのであれば、感謝できていないと言う事になるでしょう。

従って、目の前に起きる辛く苦しい現実は必然であり
真剣に向き合い乗り越えるしかないのです。
そして、常日頃から何事にも感謝する事ができる人になるために努力すればいい。

辛く苦しい現実を、先祖のせいにして過ごす時間があるのであれば
一日も早く、何事にも感謝できる人になれるよう努力すべきれしょう。

多くに感謝できる自分になった時、どんな人も深い幸せを感じる事ができます。