霊能力は徳の大きさで変わる
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***霊能力は徳の大きさで変わる ***

私が密教呪術を学んでいた時に、当時の師から
『呪術は術者がもつ徳の大きさで出来る事が変わる。
徳もなくただ修行のみで身に付けた力は魔力となり必ず弊害をもたらす。
不動明王を降臨させる呪法も、殆どの場合が不動明王の姿をした何かでしかない。
童子を降臨させる呪法をしてみれば、その難しさがよく解る。』

と、そんな話を伺った事がありました。
当時の私には徳がなたっかので、どういう事なのかは全く解りませんでしたが
徳を積み続ける事により、目の前の世界の見え方が大きく変わる事を体験し
その意味が、よく解るようになりました。

まず、どんな人も自己の経験に基づいて創り上げたエネルギーを放ちながら過ごしています。
そのエネルギーは常に360度、全ての方向に放っているので、自分が確認できる世界は
常に自分のエネルギーを含んだ状態でしか確認できません。

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極端な事を言えば、どんな人も常に自分で生み出した世界しか見えないわけで
その自分が生み出した世界で物事を判断しています。

『徳を積む』と言う経験を重ねると、自分自身が生み出すエネルギーが変わってゆきます。
自らを犠牲にして、尽くし続けた経験値は、確実に自らが生み出した負のエネルギーを打ち消して行き
自分の生み出すエネルギーが大きく変わる為、目前にある世界の見え方が大きく変わります。

自分が接する相手も自己のエネルギーに影響されるため、態度さえも変わってしまいます。
今まで自分に対して、嫌味ばかり言っていた人も言わなくなったり
自分が苦手だった人でさえ、苦手でなくなります。

特に霊視などの結果は、自分のエネルギーを含んだ世界のみを見ている為
その見え方が大きく変わります。
今まで悪霊だと思い込んでいた相手が、神々の眷属だった・・なんて事もあるでしょう。

神道的に言えば、全ては神々がしている事となるので、悪霊など始めから存在していないわけで
自分に都合が悪い存在なので、悪霊として見えてしまうわけです。
神の言葉を『お告げ』として信者に伝える新興宗教の教祖が逮捕されるケースも
徳がない為に起きているのだと、そう思っています。
自分は神々の言葉を届けると言う役目を担い良い事をしているのだという思い込み
即ち、自身の驕り慢心に魔がさしてしまったのでしょう。
他人に尽くす行為は、もっと身近な所で沢山できるので、それを怠った結果なのかもしれません。

私は徳がない状態で密教呪術を学び、その弊害も体験させて頂きました。
徳がないまま、霊的な事を続けていると自らの心身は蝕まれてゆきます。

修行の基本は、朝起きてから寝るまでの生活態度だと、私はそう学びましたが
自らが生み出すエネルギーの仕組みを考えれば
絶対に忘れてはならない事のように感じます。