生きるステージの違い


***生きるステージの違い***


私は、修行を重ねることで、どんな人も生きるステージが段階的にあると思うようになりました。
魂を磨いてゆくと、生きるステージが移り変わってゆく・・と、そう感じています。
ステージが変わることで、全く同じ現実でも目前に起きる現実の見え方が その都度、変わってゆくわけです。
生きるステージが違うもの同士は、目前にある現実の見え方が違う為に
出来事の受け止め方や、感じ方 見え方さえ違ってしまう。

しかし、自らの魂を磨く事で、どんな出来事も受け入れる事ができる。
この世とは、本当に面白いものです。

【ステージ1】
まず、どんな人もしっかりと煩悩を植え付けられた状態で
この世に生まれ、自分本位に物事を判断し
自分勝手に生き、他人より自分を優先して過ごしてゆきます。
(生まれてすぐに他に尽くし、思いやる事などできないのです。)
己の欲望を満たす事が良い事で、それが当然の価値観であり
誰しも自分と同じだとそう思い込んでいる。

《現実の見え方》
自分は常に正しくあり、間違った事はいけない事として
過ちを正すことばかりに目がいってしまう。
そして、自分は何一つ悪いことなどしていないとそう思い込んでいる。
当たり前の事は、当たり前であり、その事に感謝できない。
快楽という幸せに囚われた状態で、物事を判断するので様々な葛藤に苛まれる。
自分の欲望を満たす為に、自分に都合よく物事を判断してしまう。
そして、自分の都合の悪い事を【悪】として排除しようとし
無意識に損得で行動してしまう。

※人は、煩悩の持つことにより自分本位に生き
その中で、様々な葛藤を生み出し、現実を空回りさせる。
自分自身を変えようとせず、自分以外を変えようとするので
嫌な現実が増え続けてしまう。
どれだけ自分が正しくても、目前には気に入らない出来事ばかりでどうにもならない・・・
そんな出来事が続いてくれるおかげで、自分が変わらねば?と思うようになる。
今のままの自分ではいけないのだと強制的に気づかせられるステージ。

【ステージ2】
誰もが他人の支えがあって生きてゆける事を知り
誰か何かのために、尽くさなければいけないと、そう思うようになる。
思っているだけで、なかなか行動に移せない状態。
何をすればよいのか?わからない状態で
実際に行動に移しても中途半端にしか出来ない。

《現実の見え方》
ステージ1とあまり変わらないのですが
自分は少し成長したと、そう思い込んでいる状態。
怒りや不平不満が少しだけ減り、ちょっとだけ穏やかになるが
目前の現実は、あまり変わらない。
自分自身が現実を生み出しているのかも?と思うようになる。
自分に都合の悪いことでも、受け止めようと努力し
自分自身を改善する努力をするようになる。

【ステージ3】
誰か何かの為に何をしたらいいのか解らないのではなく
何もしようとしていなかった自分に気づき
自分の為だけでなく誰か何かのために実際に行動するようになる。

《現実の見え方》
誰か何かの為に実際に行動する事で、与える事の厳しさ難しさを学ぶ。
自分の正しさなど、自分本位で身勝手な判断だと気づく。
己の愚かさを知る事で、愚痴が減り、周りを否定批判しなくなる。
自己改善を続けることで、目前の現実が移り変わるようになり
何が起きようと目の前の現実がありがたく思える。
己の愚かさを心深く知ることにより、現実の多くに感謝できるようになり
謙虚になってくる。
目前の現実は自分が生み出している事を実感する。

【ステージ4】
感謝できる事の幸せ、他人を思いやる事の出来る幸せ
尽くす喜びを知り、与える幸せを体感する。
求めるものが変わり、価値観が大きく変わり生きる目的が変わる。
健康になり、毎日が楽しくなる。

《現実の見え方》
同じ世界にいるのに人それぞれ現実の見え方が違うのがよくわかるようになり
自分の価値観と他人の価値観を混同しなくなる。
この世には善も悪もない事を実感する。
はじめから、とてつもなく素晴らしい世界に生れ落ちているのだと思えるようになる。